cogno-SIC

cognoscenti(こぐのん) notes (mainly classical music)

タンバリンとスネアドラムの激しい夜で思い出したこと

私の笑いのスタイルはこういったパソコンに向き合ってる場合だと、「げらげら」笑うっていうのは稀で、よく顔が「ニコニコ」してしまうという感じ方が多いのだけど、凄腕浜梨さん(なんか色々呼んじゃってすいません)の作った文章にまた「ニコニコ」してます。

渋谷を徘徊するタンバリンに声をかけてきたスネアドラム。

タンバリンとスネアドラムは惹かれあい恋に落ちる。

しかし、スネアドラムの元かのユーフォニアムはタンバリンに嫉妬の炎を燃やす。

次回「タンバリンとスネアドラムの激しい夜」

予告作成者:銀座の女王


2004-12-07 - 風向計

タンバリンとスネアドラムだけだとアンサンブルコンテストに出れないから(?)、もう1つしっかりした楽器を入れるとしたらTomTomですかねぇ。


この文章でちょっと思い出したことを勝手に話させてください。


高校の音楽科で打楽器専攻だった人が実技試験かなにかで小太鼓(スネアドラム)のみの独奏曲をやっていたことがあって、一生懸命練習しているのを見てたりして非常に面白い曲だなぁとやはりパーカッショニストとして思ったりしてたんだけど、いざ実技試験となるとあまり評価が芳しくなくて「あれッ?」と思ったことがある。
鍵盤楽器*1を抜いた(あるいは鍵盤楽器が打楽器的に限り用いられている)純粋な打楽器の曲は管弦楽器のそれとは質的に大いに異なる(もしかしたら現代音楽で打楽器的な管弦楽の作品があるのかもしれないけど、今だお目にかかったことがない)。だからやはり打楽器に携わった人以外が聞くとどう評価すべきか分からないのではないだろうか、ということを思ったりする。
おおよそアンサンブルコンテストで聞かれる打楽器アンサンブルの曲はたいていが鍵盤楽器がメロディラインを持つ曲が多いのだけれど、それは中高生がやる分にはやはりそういった曲が取り組みやすいからかもしれないが、それとは別にメロディラインを持った曲でないと管楽器と同じ評価の土台に上がれないためなのではないか、それを無意識的に感じて選曲している向きもあるのではないか、と。っていうのは私の話か。といってもメロディラインを持った曲で出場したが審査員が管楽器の人のみであまりいい評価をされなかったという経験はあるから、どうにも言いがたいね。


管弦楽器の人にも純粋打楽器の曲をもっと聞いて欲しいね、ってことですね。って当のパーカッショニストの私でもそういった曲で「わかんないやー」ってのもありますから、あまりそうやってお願いできる立場でもないですけど。うう、よくわかんないや。しかし論理的な文章をすっかり書けなくなった。


最近読んだ「はじめての音楽史」の20世紀の部分で、「4分33秒」のジョン・ケージが若い頃打楽器アンサンブルの曲を作っていて、そのつながりで「プリペアド・ピアノ」を開発したこと、彼の作品が戦後の打楽器音楽の先駆となったことが書かれていて、非常に興味を覚えた。ちょっと調べてみるか。
あとアメリカのミニマルミュージックとしてライヒが出てきて、彼の「木片のための音楽」の冒頭の譜面が載ってたりしたんだけど(クラベス*23つによるアンサンブル)、何となく曲名は知ってたが、これは初見でも叩けるかもしれん。…と思ったら速度記号を見逃していた、「四分音符=192-216」、…あっそんなに早かったら無理ぽ。

*1:ここでいう鍵盤楽器とは、マリンバとかグロッケンシュピールとか、鍵盤を持つ打楽器のことです

*2:火の用心のあれ、ね